LEO KOMINZ
レゾンデートルという名の運ゲー
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プロスポーツの生の試合観戦で、主催側がいかに「タイムアウトやハーフタイムなどスポーツが展開されていない時間」を楽しませるかに力を入れているかは別に目新しいトピックスではなく、私コミンズリオが最も多く視聴するプロスポーツ・アメリカプロバスケリーグのNBAもそこは変わらない。いい歳のおじさんが露出の多い若い女性の激しい動きを公然で堂々と鼻の下を伸ばしながら見ることができる伝統芸「チアリーダーのパフォーマンス」から始まり、日本人からしてみれば正気の沙汰ではない「Kiss Cam」*1、どう考えても放り投げられているグッズとは質が合わない物欲に対する観客の狂喜乱舞っぷりが露呈される「Tシャツランチャー」、あまり運動神経が良さそうでもないお兄さんたちがトランポリンを使って「豪快なダンクをかますアレ」、さらには最近では地元のダンス学校に所属するキッズや近隣高校のマーチングバンドなどの演目など、実にさまざまある。その中でもNBA界隈の一斉を風靡し、その技術のあまりのレベル違いっぷりにより多くの観客の「トイレに行かなきゃ」や「追加のビールを買いに行かなきゃ」という欲求までをも忘れさせた「レッドパンダ女史」はもはや違う次元で戦っている。彼女の背景についてはこちらの記事*2に詳細が載っているが、簡単に演目を説明すると、中国雑技団的なテクニックで、地上から数メートルの高さの一輪車に乗りながら、ラーメンどんぶりみたいな器を足に乗せ、それをヒョイっと放り投げてから頭でキャッチし、それをどんどん重ねていき(多い時は一度に5枚のどんぶりを放り投げる!)、最終的には頭の上にラーメンどんぶりのタワーができている、というもの。そのあまりの常軌の逸しっぷりに観客の口はもはやあんぐり。特にバスケに興味なんてないけど彼氏がどうしてもっていうからついてきて、試合中はずっとスマホを弄ってたあの彼女でさえ完全に釘付けになっている。いやレッドパンダ女史、あなたすごすぎるよ。たまたま背丈が210cmでたまたま運動神経が良かったって理由だけでベンチ入りしてる、試合に全く出ることのないホームチームの15番目の選手なんかよりも断然に*3。

話は少し変わるが、大学生の頃の自分は、実は今の自分が今や全く触れない二つのことを日常的にやっていた。その①:日本のプロ野球の結果を確認すること。その②:地上波の夜のスポーツニュースを見ること(主にフジテレビの「すぽると」)。当時はまだかろうじて自分のことをヤクルトファンと呼べるぐらいにはデイリーな試合結果と選手の成績・好調不調を気にしており*4、それをチェックするシンプルな術として、毎晩のスポーツニュースを見ていた。しかし、見ていくうちにあることに気づくのである。そう、日本のスポーツニュースのマイナースポーツを取り上げる頻度の高さだ。俗に「四大」と呼ばれるアメフト・バスケ・野球・アイスホッケーが顕著にその他競技の遥か上空に君臨するアメリカというスポーツ大国出身の自分からすると、なぜ貴重なスポーツニュースの枠を女子バレーやら水泳やら卓球やらの現状に費やしているか全く意味不明だった。いや、もちろん、「理由」はわかる。その競技の世界大会の放映権をその局が持っているから、そして近々の放送日に向けて盛り上げるためのバーターや宣伝として取り上げている、ということは理由としてはわかっていた。しかし「女子バレー日本代表、不動のリベロ、怪我から復帰!」みたいな特集に15分かけてるのに、自分が気になってるヤクルトvs広島がいきなり「九回裏ワンアウト満塁、3点を追うヤクルト…」から始まり15秒ぐらいのダイジェストでまとめられると、頭では理解していても心では許せない。流石に憤慨する。深夜帯にわざわざスポーツニュースを見ようと思ってるのなんて暇な大学生か習慣化してしまったおじさんぐらいだろうに、なぜわざわざその視聴者層が一番興味なさそうなマイナースポーツトピックスを、おそらく一番需要のあるプロ野球やサッカーの結果やハイライトの何倍も時間をかけて放映するのか。アホなのか。そりゃ視聴率低迷するよ。戦略として完全に支離滅裂だよ。ただ、(自分もその後一時期は所属していた)テレビ局の暗い未来の心配は置いといて、一つだけそのスポーツニュースの中で良かったことがあるとすれば、一応は、おそらくこの宣伝というゴリ押しがなかったら人生で全く触れることのなかった様々なスポーツについて多少知ることはできたことである。

さて、今回のエッセイの読者はいつにも増して「いや、わいら、何読ませられとんねん?最初の段落と次の段落…どう関係あんねん?」と思っていると思うが、実は二つの共通項は今回のエッセイの議題でもある、「なんでそれに人生かけようと思った?」というところにある。血の滲むような修練を経てスタジアムいっぱいの客の目を釘付けにしてきたレッドパンダ女史然り、昼間のデスクワークを終えてからやっと練習に向かうことができる青森の公務員兼カーリング女子日本代表然り、そこには全力で、文字通り「一生懸命」人生をかけてしか辿り着けいない技術を手に入れている人たちがいる。マルコム・グラッドウェル氏の著作「アウトライアーズ*5」で、いわゆる一流になる人たちの一つの傾向として「1万時間それに費やしたかどうか」が挙げられているが、それでいうと、どんなスポーツであれ、例えばオリンピックに出場するような選手はこれをゆうにクリアしている。そして「言い訳だけは世界ランカー」でも触れたように、スポーツの世界は現代社会の中では最も弱肉強食の一つであり、食うか食われるかの中で死に物狂いでやっているケースはどのスポーツであれおそらく変わらない。だからこそ今回の議題の質問が上がる:なんでそれを選んだの?

もちろん最もシンプルな答えは明白で、それは「それが好きだから」である。当然だ…上記で述べたスポーツ界という名の弱肉強食世界、好きじゃなきゃ絶対にやってられないところであり、そこにたどり着くまでやってこられなかった。なので、本質的に考えるとおそらく質問は少し変わり、「なんでそれが好きなのか」になるのだと思う。そしてこの答えには、「子供のころ憧れてる選手がいたから」や「うちの地元ではこのスポーツが盛んだった」とかいう、一般的によく出てくる話より少し複雑になってくる。なぜなら、「一流」というものに対しては、必ず「金と名声」というものがついてくるからなのだ。

例えば、お金を例に、日本のプロ野球を見てみたい。一つの球団には育成選手を除くと70人の定員があり、単純計算で6チーム x 70人で420人の「プロ野球選手」が日本にはいる(実業団や独立リーグを除く)。日本のプロ野球選手のトップ層が5億以上の年俸をもらっており、下の方でも数千万円の契約をしている。なので、この420人に入れば、一般的なサラリーマン以上の稼ぎが手に入るのだ(なおNBAなどは、30チームで500人近くの選手がおり、最高年俸が60億、最低年俸でも契約選手だと1億近い!)。お金はそんなところであろう。次に名声となり、当然「名声」はデータ的に測りにくいが、いわゆる「国民的知名度」だけでいくと、これらの選手も実に顕著に現れている。自他ともに「スポーツに対してミリ単位の興味もない」と認められているうちの妹に「知ってる日本人のスポーツ選手」を出してもらったが、イチローや中田英寿、白鵬となった。結局はそういうことだ…そのまま人気スポーツのスター選手となる。また、「人気スポーツって言っても、それって男子の世界じゃない!今あげたものでも女子スポーツでその年俸や知名度なんてないじゃない!」といった声も聞こえてくるが、これはそのまま個人スポーツに置き換えると意外とそうでもないことがわかる。大坂なおみや宮里藍など、ゴルフやテニスのトップ選手は男女ともに世界的に有名であり、同等にものすごい額を稼いでいる。

ただ、一般的な人気スポーツと比較するとマイナーというだけで、オリンピックの花形競技で圧倒的な実力や記憶・記録共に残るインパクトを残した選手は語り継がれるという事実はある。羽生結弦や内村航平、北島康介などがいい例だ。彼らが、メッシやマイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズの知名度や巨額の富を手に入れることはないだろうが、一生は食っていけるし、それこそ国民的人気を誇っている。なので、本当に疑問に上がってくるのは、それ以外のスポーツだ。一つ例を取ると、テレビ局の放映権を持っているマイナースポーツのゴリ押しとともに、2000年代の中頃から文化系部活をテーマにした漫画の流行がある。それら漫画の中では、それぞれのマイナー競技の世界に存在する誰もが知っている圧倒的実力者がおり、そのラスボスもしくはライバルポジションに「主人公よ、追いつけ追い越せ!」でストーリーが進むのだが、現実では全くそんなことはないのである。いくらテレビ局が特集しようが、基本的に誰もボブスレーやフィールドホッケーの日本代表の名前なんて一人も知らないし、「ちはやふる」や「あさひなぐ」がいくら流行っても、現実における競技かるたや薙刀の実力者なんて1人も知らない。おそらくそれぞれの世界にはそれぞれのメッシやジョーダンポジションがいて、それらの人はメッシやジョーダンと同じぐらい才能を持ってさらに努力をしているのにもかかわらず。

同じ人生を賭けて努力し、勝ち続け、その種目の頂点を極めたもの同士なのに、かたやスポンサーを含めたら生涯賃金が1000億にいくのに対して、かたや地方公務員をやり続けなければならない。市場の原理とはいえ、あまりにも悲しくないか。マイナースポーツをやっている選手は、一体この現状に対してどう思っているのか*7。そういったことを考えるときに毎回思い出す人がいる。そう、「野菜笛おじさん」だ。昔、なんらかの番組でみた、ニンジンや大根などに穴をあけ、縦笛みたいに演奏するおじさんだ。彼がやってることは本当にすごい。ものの見事である。しかし、どうしても、「いや、その才能と努力をオーボエかアルトサックスに向けていたら、今頃ウィーンフィルかブルーノートでの演奏もあり得たのに…」という気持ちが終始宿っていた。ただ、番組が進むにつれ、野菜笛おじさんの笑顔がどんどん心にもしみていく。そうか、「これ」だから幸せなんだな、と。そして「これ」がもたらす幸せを否定することは誰もできず、結局その幸せを持ってるものが勝ちなんだな、と。レゾンデートルという名の運ゲー、もしかしたら人生を賭けられるほどのものを見つけた時点で勝者なのかもしれない。

*注記*

*1: コートの真ん中に吊るされた巨大な画面に映されたカップルが、自分たちが映ってると気づいたらキスしなくてはいけないという、つくづく日本人からしてみれば企画段階で多方面から潰されそうな余興。

*2: https://www.si.com/nba/2019/08/28/red-panda-rong-niu-nba-halftime-china-76ers-warriors

*3: 実際に見てみるのが一番だから、こちら動画。

*4: 今や神宮は気持ちの良い夏の午後を感じる場所となってるw

*5: 邦題は「天才!成功する人々の法則」らしい…そして勝間和代訳…色々やべえな。

text:
コミンズ リオ
illustration:
Minami Sakata
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18-04-02