LEO KOMINZ
"観光都市の三つ巴戦"|ザ・その時決める@バルセロナ
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ーー嬉しい言葉の裏には…

「すごいね、リオ!いま君が話したことは、昨日僕がバルセロナの観光局の人たちから聞いた話と全く同じだよ!3週間しかいないのにそういう考察ができるなんて、素晴らしい!」

この言葉は、バルセロナでお気に入りになり通っていたカフェ「Spice」で出会った、バルセロナで地ビールを生産しているイギリス人の常連からいただいた言葉だ。聞いた瞬間、嬉しさが奥底からこみ上げてきた。いままで滞在した各都市で勝手にあれこれ持論を繰り広げてきたが、それがその都市の観光局、いわゆるその道のプロの人たちと同意見になる(なりえる)、とは考えたこともなかったなかった。しかし、少し時間が経ち、我に帰り、「こんなことってそうあるかな?」と考え直してみたところ、「やっぱりバルセロナだったからだな」と妙に納得してしまった。

バルセロナはロンドン以外で唯一*1、観光客としてまず最初に体感した都市だった。ユーロトリップを経て、完全に観光しか行わなかったニースからバルセロナに到着し、最初の4日間は友人たちと過ごした。自分以外は皆数日の滞在だったので、観光スポットを訪れ、できるだけ色々レストランを巡った。プロジェクトで日々行っている「日常の体験する」とはうって変わっての生活だったが、バルセロナでは最終的にはこの経験が功をなした。そう、なぜなら、バルセロナは「そのため」の都市なのだから。「そのため」とはどのため?答えは、「観光客のため」だ。そう、バルセロナは世界で稀に見る、「観光客を最優先」した街なのである。

「まてまて、『観光客を最優先』とか言っているが、まずバルセロナはデータ的にも世界のトップを誇る観光都市でもないじゃないか!*2」こう思われるかたも多いと思う。もちろん、それは一理あし、それについては後ほど詳しく説明したい。また、バルセロナは観光客を最優先させている都市だが、当然だが「観光客だけ」の都市なぞ存在しない。だからこそ、タイトルに入っている「三つ巴」なのである。むしろ、最優先ではない他の二つのグループの役割が大きい。読んでいる読者もそろそろこんがらがってきたと思う。説明したい。

ーー観光最優先!

バルセロナを訪れた最初の四日ほど、まず目についたのは観光客の多さだった。9月の終わりだったので、季節はまだ晩夏。観光のピークシーズンから少し外れているものの、それでも観光客のその数にたじろいだ。そこで思い出したのが、ヨーロッパで出会った人たちの多くが述べていた言葉だった。出会ったヨーロッパ人に「どの都市に住むの?」と尋ねられ、プロジェクトの滞在都市を挙げていくと、途中で「バルセロナ!バルセロナ大好き!また行きたいなぁ。」と、ほぼ全員が遮ってきた。ヨーロッパに5ヶ月いて気付いたことは、いかにバルセロナがヨーロッパの人にとって超人気観光都市かということだ。

また、日本人を初めとしたアジア人の多さにも驚いた。パリやロンドンに日本人が来訪するのは知っていたが、まさかバルセロナでここまで日本語を耳にするとは思っていなかった。そして気付いたのが、世界の観光客の数を誇る都市トップ10のほとんどは、観光シーズンによるムラがあまりないということ。ロンドン・パリ・ニューヨークなどの世界規模での主要都市は季節に関係なく観光客が多いし、バンコク・シンガポール・香港などは熱帯なので、違う意味で季節が関係ない*3。ということは夏季に集中的に観光客を集めるバルセロナはある意味特殊であり、夏季だけを見たら、おそらく世界トップレベルの観光客数を誇っている。

しかし、これは偶然の賜物ではない。バルセロナの最初の4日間で感じたのは、いかに観光客として「全てがスムーズに動くか」である。地下鉄は数分おきにくるし、どれも清潔で綺麗。主要の観光名所のすぐ隣にわかりやすく地下鉄の出口があるし*4、まず街自体が小さいため、1日で数カ所周るのも苦にならない。また、例えば迷子になったとしてもタクシーを拾えばすぐどこにでも行けるし、タクシー自体もとても安価。港町であり、もともとカタルーニャの主要都市なので地元料理も美味しく、クラブや生演奏のバーを初めとしたナイトライフも充実しており、さらには地中海に面したビーチまである。確かにスリなどが多いことで有名だが、逆に言うと強盗や命に関わるような事件はほぼ皆無。夜中に路地裏を歩いていても危険を感じないのだ。観光客からしてみたら、理想郷に近い。こりゃヨーロッパ、そして世界中から人が溢れてくるわけだ。

さて、この観光客として何一つ苦労しない街づくり、御察しの通り、全てバルセロナの市の徹底した管理によるものである。観光客が街を周るときに不便ないように交通インフラに力を入れ、不快な思いをしないよう、オーバーとも言える清掃システムを実施している。その例として、町中至る所ににゴミ箱が配置されているし、毎晩深夜には清掃作業員が町中を綺麗にしている。公衆トイレが少ないという意見が挙がったときには、「では、海岸や大通り、広場などに面しているお店は必ずトイレを無償で貸し出さなくてはいけないルールを作ろう」とすぐさま動き出した。また、元々シエスタという文化が根付いているおかげで、お店はどこも遅くまで空いている*5。美術館や郵便局までもが、基本的には夜の8時まで営業している、本当に不便のない都市なのだ。

バルセロナの市がここまで観光業に力を入れる理由は、単純に観光業が大きな収入源だからである。ご存知の方も多いと思うが、バルセロナが今のような観光のホットスポットになったのは、1992年のオリンピック以降である。それまではしがない港町だったバルセロナを現在の形に変えたのは、市の努力によるもの。ただの海岸沿いの工業地帯だった場所にわざわざサハラ砂漠から砂を運んでまでビーチを作り、上記で述べたようなインフラや政策に力を入れた。おかげでバルセロナは世界でも数少ない「オリンピックのおかげで生まれ変わった街」となり、未だに成功のモデルケースとして挙げられることが多い。

ーーカタルーニャ・パラドックス

突然だが、実はバルセロナはスペインではない。いや、正確に言うと、国連やEUの制度上はもちろんスペインの都市だが、現地の人間は誰一人とスペインだとは思っていない。これはブログでも書いたことだが、バルセロナは「カタルーニャ」なのである。町中で見かける国旗も、ちゃんとした店で食べるごはんも、ローカルな人たちが話す言葉も、すべてカタルーニャだ。今回は多くは触れないが、カタルーニャには独自の歴史があり、文化があり、カタルーニャ人はそこに強いプライドを抱いている。1714年にスペインに征服され、1930年代に得た仮の独立状態もスペインの内戦でうやむやになり、第二次世界大戦後に悪化したフランコの独裁政権にも耐え、今でもスペインの経済の1/3を支えているのに州として税金を一番払わされている現状をすべて抱え込み、「ここはカタルーニャだ!」という思いを心強く抱いて生きている*6。

バルセロナにいる間によくきいた言葉が「カタルーニャ人は観光客が嫌い!」というもの。この気持ちの根本にあるのは、やはりバルセロナを訪れる観光客が、この「カタルーニャ」という事象に対して何一つ意識をもっていないことによる。バルセロナで、日本のメディア相手に現地コーディネーターの仕事をしている友人が述べた言葉がすべてを物語っている。「日本のテレビ局が例えばFCバルセロナ(ご存知世界を代表する超一流サッカーチーム)の特集を組むとして、オープニング映像作成のために素材を集めたいと思った時に、真っ先に要求してくるのがパエリア、フラメンコ、闘牛と言ったもの。でも、この三つってスペイン文化であってカタルーニャ文化じゃないのよね。」そうなのである。世界の人間からしてみればバルセロナは完全にスペインであり、訪れる観光客はみなスペインのイメージをもって来訪するので、現地のカタルーニャの人たちとしては、はっきり言って面白くない。

例えばパエリアについて考えてみよう。現にバルセロナで表立ってパエリアを出している店のほとんどは、アラブ系の人間がやっているものだ。そしてほとんどの場合、冷凍パエリアをチンして温めて出している。しかもメニューをよく見ると、ケバブやハンバーガーがパエリアと一緒に載ってたりする。ちょっと考えてみたら怪しいのは一目瞭然なのだが、観光客のほとんどは「スペインにいるからパエリアを食べたい」と思っているので、いい商売になるのである。もちろん、専門的なパエリアを出す、大変美味しいお店もたくさんあるが、それらは「スペイン料理」を出しているお店であり、現地人からしてみると根本的に感覚が違う。個人的に思ったのは、それは日本でいう「キムチ」と似たような存在。日本でも良質な焼肉屋に行けば美味しいキムチが出てくるが、それを食べ、「美味しいキムチを食べられるなんて、やっぱり日本食最高!」と考える人間はまずいない。これがカタルーニャ人がパエリア、そして大きくはスペイン文化全体に対して持っているメンタリティーだ。

カタルーニャはここ十数年、ずっと独立の意思を訴えかけているが、それをただの夢物語ではなく、わずかでも実現可能性があるものしているのは、カタルーニャ州の経済的豊かさである。上記でも述べたが、まず、スペイン経済の1/3を支えている。そしてカタルーニャ人の「国民性」自体も、他の地中海地域と変わり、真面目で働き者。バルセロナという都市はヨーロッパの主要都市のひとつであり、人口的にも経済的にも、例えば既にEUの中で国家として独立しているエストニアやスロベニアに比べたら、断然大きい。しかし、ここでパラドックスが姿を表す。そう、バルセロナ、そしてカタルーニャの経済の大部分を支えているのは観光業なのだ。「バルセロナ=スペインの観光都市」というイメージに憧れ、来訪し、町中に溢れる旗を見るまではおそらく「カタルーニャ」を一度も意識したことがない観光客こそが、実はカタルーニャの独立の可能性を支えているのだ。アイロニーの真髄、ここにあり!

ーー鍵を握る第三勢力

たまたま選んだ場所がそうだったのだが、バルセロナでの滞在先は観光都市の中でもさらに観光客が多い、旧市街のど真ん中だった。毎日、部屋から道に降りると、観光客の大行進に埋もれそうになっていた。しかし、プロジェクトの性質上現地に滞在している人に会うことが多かったので、普段は中心部からちょっと外れた場所によくいた。すると、思わず驚愕する。道がガラガラなのだ。「あれだけいた人はどこに行ったのだろうか?」と思うが、答えは明確だ。みんな観光スポットにいるのである。例えばカタルーニャ人が比較的多く住んでいるグラシア地区に訪れると、「本当に同じ都市なのか?」と疑いたくなるほど、歩いている人の雰囲気と絶対数がまるで違う。平日の昼下がり、カタルーニャ語で世間話をしているおばちゃんたちと、サッカーをしている子供たちが集まる広間のすぐそばには、セルフィー棒とガイドブックを握った観光客で溢れるサクラダファミリアがある。これこそザ・バルセロナ*7。

あるブラジル人の友人から聞いた話は、グラシアなどを除けば、カタルーニャ人はほとんどバルセロナ市内には住んでいないという。彼ら彼女らは都会の喧騒(=観光客)を逃れるため、郊外に住むことを選んでいる。では、誰がバルセロナ市内に住んでいるのかというと、主なグループは大学生(あまり知られていないがバルセロナはヨーロッパ有数の大学都市)と外国人(英語でいうexpats=エックスパット)だ。

バルセロナに滞在して、最も面白いと感じたのはこのエックスパット達の存在である。プロジェクトの「12の質問」でも、多くのエックスパットを紹介され、観光客同等にその数に驚かされた*8。なにが面白かったかというと、まず、「なぜバルセロナにいるのか」の理由である。自分が出会ったエックスパットの9割は、自らバルセロナを選んだというよりは、本人達曰く「バルセロナが自分を選んだ」らしい。「バルセロナで出会った女性と恋に落ちた」、「たまたま仕事を探してたらバルセロナにそれがあった」、「バックパックをしていて訪れたら離れられなくなった」、などといったケースである。これは、多くの主要都市の反対で(たとえばニューヨークやパリは、「そこで働きたい!住んでみたい!」というケースが大多数)、とても興味深かった。

もう一つ面白いと感じたのは、彼ら彼女らの「バルセロナの一部と化している」感覚である。たとえば東京という都市は、エックスパットが「日本文化大好き!なんでも日本風にやる!」タイプと、「(外国人ハブである)六本木と赤坂と青山しか知らないし、それ以外知りたくもない」タイプに分かれると思っている。この分かれる理由の根本にあるのは言語と文化の壁であって、やはり日本は言語的にも文化的にも、エックスパットとして「一部と化す」のは難しい。しかし、バルセロナはまず観光客最優先という都市構造のおかげで、エックスパットにとって都市と文化の一部となる導入ができており、さらにスペイン語自体、最も学びやすい言語の一つだ。現地のカタルーニャ人も、観光客には厳しくても、スペイン語を話す、もしくは学んでいる人にはオープンでフレンドリーだ。実際に出会ったエックスパットは全員流暢にスペイン語を話し(カタルーニャ語を話す人までいた!)、現地のカタルーニャ人と仲良くやっていた。

個人的に、カタルーニャの未来の鍵を握っているのは、このエックスパット達だと思っている。カタルーニャの人々はもうやれるだけのことはやっている。彼ら彼女らの独立への訴えはもう長年続いているし、先日の選挙では「独立希望」が正式に投票で選ばれた。カタルーニャ政府は2016年末までには独立への具体的な案を固めると言っているが、正直誰もどうなるかはわからない。やはり、そこにはカタルーニャという「国」、そしてそしてその「国」の現状に対する世界的な認知度の低さが関わっているからだ。そこで、外国人でありながら、カタルーニャ人の普段からの気持ちと悲痛な想いを理解しているエックスパットが鍵となる。エックスパットこそが、海外からバルセロナに遊びに来る友人・知人に現状を教えることができるし、自分たちがバルセロナを離れた時に、カタルーニャの真実を伝えることができる。

観光客、カタルーニャ人、そしてエックスパットが三つ巴戦を繰り広げる都市・バルセロナ。大きな変化をもたらす「決着」がつく瞬間はそう遠くはないはず!

*1:ロンドンでは友達が日本から遊びに来たので、最初の三日ほどを観光に費やした。

*2:CNBCがマスターカードをソースに使用しているこちらのサイトでは、バルセロナは2015年では第12位。

*3:旅行に行く人はやはり「暖かい場所」を好むので、熱帯地域は年中人気がある。

*4:これには本当に驚いた。例えば東京で雷門に行きたいと思ったら、浅草駅からは少し歩くが、サクラダファミリアは本当に駅の出口の目の前にある。

*5:バルセロナの時間感覚は本当に独特で、他の世界基準から2時間すべてが遅れていると考えれば分かりやすい。お昼は早くて13時(12時ではまだ空いてないところもある)、お茶の時間は17時〜18時、晩御飯は早くて21時。個人的には理想的な時間割だった(笑)

*6:今回は触れないが、今年このプロジェクトを実行することによって「国家とは?」「国境とは?」「国土とは?」と色々問い直すことになった。違うエッセイで書きたいと思っている。

*7:やはり他の都市では、主要の観光名所でもまだ、観光客と現地人がある程度混ざっている。渋谷しかり、タイムズスクエアしかり、パリの中心しかり。しかしバルセロナはなにか令状が出ているのかと疑うほど、別々の世界となっている。

*8:お気づきかもしれないが、このエッセイで紹介された友達に、一人もカタルーニャ人はいなかった!(注:ちゃんとカタルーニャ人にも会いました!笑)

text:
コミンズ リオ
cover photo:
Jose Llamas
essay photos:
Leo Kominz
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18-04-02