LEO KOMINZ
"ウェスタン・リベラル・ユートピア"|ザ・その時決める@メルボルン
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ーーWELCOME TO THE NEW WORLD

「ニューワールド」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。日本語にすると「新世界」。食や酒好きにはそれは大阪の繁華街かもしれないし、音楽好きにはそれは西麻布にあるライブハウスかもしれないし、漫画好きにはそれはワンピースの世界で主人公たちが冒険する海の名前かもしれない。しかし2015年世界を回っていた僕からすれば、それはもっぱら三つの国をさしていた(漫画好きなのでワンピースの新世界にもどっぷり浸かってはいたがw)。その国とは、カナダ、オーストラリア、そしてニュージーランド。そう、歴史好きにはピンとくるかもしれないが、これらはイギリスの大英帝国時代の最後のフロンティア(コホン、植民地)となった場所である。どれも近代的な歴史はここ100年ほどと浅く、アメリカ合衆国という、独立から意外にも300年も経っていない、「割と最近できた国」の代表とされる国に比べても、この三ヶ国は西洋諸国としての新しさがいたるところに目立ち、光る。これらの情報は本プロジェクトを始める前から知識としてはわかっていたつもりだったが、メルボルンに到着して初めて、本当の意味で、実体験として感じた。その前に滞在していた都市がイスタンブールという、ある意味この地球上でもっとも「新世界」からは正反対に位置する古き混沌の都市だったというのもあるとは思うが(そしてイスタンブール→メルボルンの間に1日滞在した都市がドーハという特殊な場所だったというのも少し影響はあったかもしれない)、生活を始めて瞬時に感じたこのニューワールドイズムが、ある言い回しとして脳内に現れた:「ウェスタン・リベラル・ユートピア」。

ウェスタン・リベラル・ユートピア…それが実際にはなにを意味するのかに入る前に、一旦ここまでの背景を振り返ってみたい。まず個人史で行くと、ある意味、僕自身がリベラリズムの渦中の中で生まれ育ってきたという事実がある。オレゴン州ポートランドという、70~80年代のヒッピーイズム・多様性・変人性から2010年代初頭の「アメリカで一番住みやすい街」選出まで、アメリカ屈指のリベラルメッカの中で、大学教授と日本語補習校の先生の元、混血・デュアルアイデンティティーとして育ってきた。そこからニューヨークでの大学生活、東京での滞在、そして本プロジェクトの都市巡りまで、考え方や価値観を除いた「ハード」な部分だけをみても、完全にリベラルな環境のもと常に生きてきた。また、本プロジェクト実行中、ニューワールドの北米代表・カナダのトロントにも滞在はしていたが、その時はサンフランシスコからの移動で、プロジェクトも始まったばかりだった。振り返ってみても、そこまで今までの人生との「差」は感じていなかった。しかし、7ヶ月後、ブラジルやスウェーデンやトルコといった国で、それまでの人生に置いて全く想像もしてこなかったような生活を体験したのちやってきたニューワールドは、新鮮な気持ちで「新しい世界」を感じさせてくれた。

ーー初開催!その時決める!! Q&A

さて、では「ウェスタン・リベラル・ユートピア」について触れて行きたい。今回は説明するに当たって、初めてのQ&A方式を取ろうと思う。最高なリベラルライフを送りたいあなたへ、メルボルンはその夢を叶えてくれる!どしどし質問あれ!

Q: そうね、まず生活のインフラが気になるわ…住まいの環境とか、交通手段はどうかしら?

A: いい質問だね!まず、住むのは都市部でもいいけど、一番人気あるのは、メルボルン市内の周りに点在する、たくさんのネイバーフッドなんだ。どれもそれぞれの特徴がありながらも、住みやすさは保証できるよ。これについてはおいおいね!あと、交通手段に関しては、自転車でどこでも移動できるよ!そして、公共交通手段であるトラムも走ってるから、それで北から南までいけるよ!そしてもちろん、車での移動も悪くないよ!

Q: いいわね。あとは、やっぱり色々な文化を楽しみたいわ!私は特に外食が好きなの!どう?

A: 上でも答えたけど、メルボルンは中央市の周りにたくさんの小さいネイバーフッドで出来上がってるんだけど、どこも食文化が豊かなんだ!自分が住んでいる地域でも、例えばエチオピア料理店の隣にアフガニスタンレストランがあって、その隣にギリシャ系のデリ…の隣にマレーシア小料理屋があったよ!もちろんヴィーガンやペイリオ、グルテンフリーなどのお店もたくさん!

Q: 素晴らしいわ!でも外食ばかりもしてられないよね…スーパーなどはどうかしら?

A: スーパーの多様性もすごいんだ!特にアジア人の移民が多いオーストラリアは、いわゆるアジア系スーパーではない「普通のスーパー」でも色々なものが揃っていて、例えば僕が普段使いしていたスーパーは普通に白菜とかみりんとかが売ってたよ!国自体が一つの大陸で、国内で農産物もたくさん取れるから、コールドプレスジュースの種類もたくさんあったし、健康を気にする人へのオプションもたくさん!街中まで行くとさらに専門店もたくさんあって、例えばアジア系の若者が集まるエリアだと、「白い恋人」から「地域限定ポッキー」まで、さらには日本メーカーのありとあらゆる洗顔料やシャンプーまで売ってたよ!

Q: すごいわね…あとはそうね、やっぱりたまにはちょっと都会でも遊びたいじゃない?それもできるの?

A: もちろん!メルボルン中央部(CDB)はいわゆる一般的に想像する都会だよ!美術館や文化施設やクラブやバーなど、なんでも揃ってるよ!だから、家の近くのネイバーフッドでチルすることもできれば、ちょっとトラムに乗ってCDBで朝までパーティもできるんだ!

Q: なかなかやるわね…あ、でも、これは無理でしょう?今までの話は、他のリベラルな都市でも想像できるわ。ポートランドとかオースティンとかブルックリンとか。でも、私、常夏も感じたいの。ハワイとか大好きだし。

A: いや、実はそれが、メルボルンにはビーチまであるんだ!しかも人気のネイバーフッドが多い北のエリアから、トラムで一本でいけるんだよ!思い立った当日に、数十分トラムに乗るだけで、降り注ぐ太陽のした、暖かい砂浜での楽しい時間さ!

Q: 参りました…。最後にだけど、もう聞くまでもないと思うけど、私のリベラルな価値観にあう他の情報もある?

A: まだまだたくさんあるよ!メルボルンには、ビルの屋上を農園や養蜂場に変えてるところもたくさんんあったり、ゴミのリサイクルやアップサイクルに対する新しい試みや、今月お金が厳しかったら無料で食べられるレストランなど、実験的で革新的なプロジェクトやビジネスがたくさんあるんだ!今紹介したのでも氷山の一角だけどね!

…どうだろうか?リベラルな価値観を持っているものだったら、「これあったらいいな」と思う商品やサービス、そしてライフスタイルが、ほぼ必ずと言っていいほど存在し、ちょうど手に届くところにある。それがウェスタン・リベラル・ユートピア。

ーー理想郷は存在しない PART II

メルボルンに到着してから、ひょんなことで仲良くなった女性がいた。その女性は、たまたま家の近くにあった観葉植物の店に入って、色々と見回していたら、声をかけてきた店員だった。世界を回るプロジェクトについて話すと意気投合し、「12の質問」のプロジェクトにも参加してもらった。その女性は元々はレバノン出身で、幼少のころ両親とオーストラリアに移民として渡豪してきた過去を持っていた。また、観葉植物の店で働くきっかけもとても印象深かった。その女性は、元々は市役所で都市開発の部署で働いていたそうだ。しかし、お役所仕事の単調さが自分の肌には合わないと感じ、辞めてしまった。同時に、自分が本当に好きなもの、「植物」と「料理」に携わる仕事がしたいと思い、このお店と、同時にモロッコ料理屋でのアルバイトを始めた。週六日朝夜働いているが、今は好きなことができているので、全く苦じゃないと言う。ここまで聞くと、どの国の夢追う若者にも当てはまりそうな話だが、オーストラリアの違うところはその収入面である。最低時給が日本円で2300円ほどのオーストラリアでは、週六日アルバイトとして働けば、年収500万近くの収入になるのである。実はこれは彼女の市役所の時の年収とほぼ変わらないと言っていた。僕はえらく感動した。このように、「働き方」に対しても多様性を認め、その認める証として一定レベル収入を保証する社会とは一言素晴らしいとしか言えない。日本やアメリカもそうなってくれればいいのにと心底思った。

ある日、メルボルン滞在中にその女性のホームパーティに誘われた。他の友人たちもレバノン系か、中近東の国々からの移民、もしくは親が移民の二世だった。振るわれた料理も、その女性の手作りだった。「料理が好き、追求したい」と言って市役所を辞めているぐらいなので、その料理は絶品(と言うか人生で一番美味しいレバノン料理)だったが、その会では妙な違和感を覚えた。漠然とした「幸せじゃない」オーラを感じたのだ。もちろん楽しい会で、笑顔と笑いに溢れていたのだが、話題の多くが故郷や中近東についてだったりしたこともあり、何か引っかかる感じがした。

そこで、振り返ってみた。ユートピアの裏にあるのは何か、と?ストックホルム滞在時にも肌で感じた、「理想郷なんて存在しない」と言う事実。メルボルンはどうだろうか。「都市のハード」な面ではちょくちょくあった。オゾン層が最も薄い箇所の真下がゆえの、突き刺さるような痛みを伴う直射日光(それこそ北欧の人間とは真逆で、オーストラリア人は日光を避けるように歩く)、日常的に勃発する信じられない数で大量発生している大型ハエの群れ、異常なまでに強力な花粉。ソフトの面でも、それこそ健康を気にしているのかなんなのかの超朝方社会(カフェが7時に開店して、15時に閉まるなんてザラ。夜型の自分にはこれが一番キツかった…午後の3時に店閉めるとかナメとるのか!?と度々叫びたくなったw)や、(これは西欧の都市あるあるだが)文化的多様性に見えて結局は表面の部分をなぞってるだけという事実、など。そして何よりーーこれは一年をかけ世界を回ったから気づけたことだがーーオーストラリア人の「オーストラリアから常に離れている」状態にある。地球上の地理的には日本も大概「端っこ」扱いだが、それにさらに「南半球」を加えた、地球上の最果てに位置するのがオーストラリアであり(大英帝国がこの大陸を罪人の流刑地として使ってた理由がわかる)、やはり国民はそれを肌で感じ取っている。だからメルボルン滞在時に人と話すとき、皆「いやあ、早くバカンスとって〇〇に行きたんだよね」と言う話が常に出ており、それを反映するかのように皆色々と海外経験が豊富だった。同時に、世界中を回っている間に嫌という程オーストラリア人に遭遇したし(それを揶揄する内容のものもたくさんw)*1、考えてみれば日本でも、長野やニセコなどのスキー場から東京や大阪の英会話教室の先生まで、オーストラリア人に溢れている。

これに加え、レバノン料理パーティで感じた、「オーストラリア自体は新しいがゆえの独自の歴史的カルチャーが無く、結局故郷の文化について話すしかない」と言う雰囲気。そうか、ある意味ウェスタン・リベラル・ユートピアは、この都市のハード面(地理的地球の最果て)とソフト面(新しいがゆえ歴史的文化が存在しない)の結果生まれたものなんだな、と理解した。リベラル的思想が政策として導入できる背景には、「それを可能とする」条件が必要だった(これはある意味スウェーデン始め北欧にも似ている)。極論、例えば太平洋のど真ん中に人工島を作ったとして、その人工島には完璧なリベラルな都市国家型社会が作り上げられとしよう。それこそここまで語ってきた「理想郷」だ。しかし、そこの市民はその都市から年に2回しか出られず、最寄りの国に行くにも最低24時間かかるという条件がついたとしたら、そこに住みたい人はどれぐらいいるのだろうか?レバノンパーティから感じた雰囲気だと、実はあまり多く無いのかもしれない。

難しいところだ。理想に近づけば近づくほど、人間は混沌、ランダム性、未知や偶発性に対する憧れが強くなっていく。新築でガラス張りの清潔なビル街にあるカフェよりボロボロの廃墟に近い建物に作られたカフェが「イケてる」となったりするように、完璧な社会があったとしても、「完璧なんて面白く無いじゃん。魅力は歪さ不安定さの中に潜んでいる」と言う感覚も常に持ち合わせている。ある意味、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」*2そのまんまだ。人間とはなんとめんどくさい生き物か(笑)

ただ、心配しないで欲しい。どの道、本当の意味での「完璧」なんてどこにもないのだ。理想郷は存在しない。なんなら、本エッセイでこれだけ持ち上げているメルボルンでさえ、「ウェスタン」なリベラル・ユートピアであり、世界の半分(人口で言えば3/4)を作り上げる「イースタン」の要素もまだ存在し、その話をするとなるとさらにエッセイ数話分になるのであえて今回外している。なので、メルボルン、はい、大変オススメします。人工島ができるまでの期間、一度住んでみる価値ありです!(笑)

*1: バルセロナの滞在先の近くにあったおしゃれカフェには、以下の紙が扉に貼られてたほど:「本店のルール:フェイスブック禁止!インスタグラム禁止!ツイッター禁止!sそして大声でしゃべるオーストラリア入店禁止!!!」

*2: 名著なのでぜひこの文章を読んでいるかたにも一読していただきたいのだが、超簡潔にまとめると、西欧における革命や世界大戦を例に、フロムが「なぜ抑圧された市民は必ず自由を求めるのに、いざその自由を手に入れるとまた統治されることを願うのか」について考察する内容。これがすごいんです。

text:
コミンズ リオ
cover photo:
Weyne Yew
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18-04-02