LEO KOMINZ
"IT業界の現状"|ザ・その時決める@サンフランシスコ
E_
1

ーThe New Face of San Francisco

 

多くのサンフランシスコの住人、特にサンフランシスコもしくは近郊で生まれ育った人たちと話すと、必ず話題の一つとして上がるのが、新旧の戦いである。”The New Face of San Francisco”とはすなわちIT業界のこと。多くのITサービスと企業の誕生地、そして本拠地となっているサンフランシスコと周囲のベイエリアだが、それらの企業が発展していくと同時に、もともとサンフランシスコに住んでいたものとそのカルチャーとが対立していった。

”The New Face”は直訳で「新しい顔」だが、その表現はとても面白いと思っている。世の中の多くのものには「顔」がない。自分が口にしている食べ物から乗っている車まで、どんな顔の人が作ったのかは基本的にはわからない。これはITサービスも同じで、iPhoneの画面でFacebookのアプリをクリックしても、それが誰によって構築されたものなのかは想像もできない。(「君たちはどう生きるか」のコペル君の心理状況である)だが、逆を言うと、「顔」がサービスや商品にそのまま結びつくことが多いのもIT業界の特徴である。マクドナルドやトヨタの社長や創業者の顔が思い浮かばなくても、iPhoneやFacebookには必ずスティーブ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグの顔がリンクしている。

さらに、皆が「その顔」になろうとしている場所がサンフランシスコだ。自分も到着するまで半信半疑だったが、着いてから三日目ほど、あるカフェでお茶をしていたら、隣にチェックのシャツを着た若い30代ぐらいの男性二人がMacBookを開き、コーヒーを啜りながらどうすれば顧客要望への対応スピードをあげられるかについて話しだした時に、「あ、本当なんだ」と感じた。また同時に、「おれ、本当にサンフランシスコにいるんだ」と初めて実感した時かもしれない。

ー本当に必要なもの

半信半疑だった理由の一つとしては、今まで自分はどこか東京も、IT業界的には「進んでいる」と思っていたからだ。日本は先進国だし、東京にも強いITのコミュニティーはある。しかし、サンフランシスコに少し住んでみると、いかにITの「偏在」の部分で東京が劣っているかがわかる。IT業界の性質上、究極的に利便性を追求しているため、新しいサービスが登場すればするほど「本当に必要なもの」が絞られていく。サンフランシスコではそれが顕著にみられた。例をあげると「クレジットカード」、そして最終的には「スマホ」である。

これは実話なのだが、僕はサンフランシスコの滞在の最終日、財布を失くしたと思っていた。一日を終わり、家に帰って持ち物を確認したら、財布がない。かなり焦ったが、よく考えてみたら、午前中に着ていた違うジャケットに入れっぱなしにしていた、と気づいた。また、同時に気づいたのが、「一日行動しても財布を必要としないことがありえるんだ」という事実だった。

先ほどクレジットカードの話にもどるが、サンフランシスコに在住している人の普通の生活を想定してみる。朝は家で仕事をし、昼は作業が残っているので外出せずに、SeamlessもしくはEat24などでデリバリーを注文する。もちろん、どちらのサービスもクレジットカードを登録しているので、財布を出す必要は無い。昼食を済ませ、バスで移動するが、クリッパーカードはネットで毎月自動チャージにしているので、またお金を出す必要は無い。カフェで作業を続けるが、どこのカフェもiPadにSquareを繋げているので、カードさえあれば十分。領収書もメールでもらえる。金曜だし友達と飲みに出かけるが、みんなカードしか持ってないので「どう割り勘しようか」と迷っていたら、心配無用。Venmoでお互いに割り勘分を送金できる。最後に夜も遅くなったのでUberもしくはLyftで帰宅。カード情報はあらかじめ登録してあるので、以下同文。これはなんの変哲もないサンフランシスコの若者の一日。財布を出すどころか、カードを使ったのもカフェでの一回のみ。それも例えばPeets CoffeeならGoogle Payで支払いができるので、クレジットカードを一枚持って様々なサービスに登録さえしていれば、晴れてスマホ一つで一日を過ごせるのである。

これらのサービスの根本にあるのが、サンフランシスコのIT業界全体を動かしている、「どうやったらもっと便利になる?効率よくなる?」という考えである。「サンフランシスコは駐車するのも大変だし、夜はタクシーもつかまらないし、そうだ、暇な人に自分の車でタクシー代わりになってもらえば、いくらでも運転手はいるじゃないか!」という閃きで生まれたのがUber。「Uberって高すぎるよ!ぶっちゃけ移動さえできればカープールで十分じゃない?」という閃きで生まれたのがLyft。「外食するのもめんどくさいし、でも食べログで見たあそこもちょっと食べてみたいし、これデリバリーできたらいいよね」という閃きで生まれたのがSeamlessEAT24。「みんなどうせカードで払う方が楽だし、わざわざレジ導入するよりiPadをお店に置く方が安いしかっこよくない?」という閃きで生まれたのがSquare。「みんなカードだと割り勘しにくいよね。そうだ、スマホを使って簡単にお互いに送金できれば解決できるじゃん」という閃きで生まれたのがVenmo。こういった閃きが毎日何千何万と生まれているのがサンフランシスコという街。もちろんそのほとんどはなににもならないものばかりだが、その精神が常日頃から、いたるところに偏在している。

ーサンフランシスコの若者たち

IT業界で働く人間を英語で”Techies”=「テッキー」というのだが、このテッキーにも何種類かある。多くの人が抱いているイメージ、「新しいサービスかアプリを作って、社会に影響を与えて、億万長者になってやる!」と考えている人たちは実はごく一部で、(この場合本気で考えているのがごく一部。おそらくほとんどの人はこのような妄想はよくしている)他の人間は多くの場合、上記の野望を持って起業した誰かの会社で働いている。ようはIT業界のサラリーマンである。また彼ら彼女らの多くは大学を卒業してそのまま就職しているので、会社・仕事・上司に対する不満などは、新卒システムを導入している日本とすごく似ている。ただ、いくつか大きな違いを感じたので、(Perks以外で)そちらについて少し触れてみたい。

①年収の話を普通にする

これにはすごく驚いたのだが、若者が集まると、多くの場合普通に年収の話をするのである。「誰々、転職して年収200万あがったらしいよ」とか、「コーディングができるから、普通に年収1000万は超えてるよ」など。自分の場合は、日本ではテレビ業界という、イメージとして高収入な場所で働いていたので、それもあってか基本的に年収の話は同年代の人とは誰ともしなかった記憶がある。また日本社会ではお金の話自体が若干タブー視される傾向がある、というのもある。しかしサンフランシスコではその傾向は全く皆無だった。むしろ話すことにより自分の価値やモチベーションをあげようとしているようにさえ感じた。

②転職スピード

サンフランシスコで人に会い、現在実行しているプロジェクトの話をすると、たまに聞かれたのが「どれぐらい日本では働いていたの?」だ。そこで「1年半ちょい」と答えると、みな、「そうなんだ。やめどきだね!」と答えた。また、ある人と、彼の転職についての話をしていた際に言われたのが、「もう15ヶ月働いたから、次の場所でもちゃんと働く人だと思われるよね?」である。そう、常に新しいサービスと会社が立ち上げられていて、常に人材が必要とされているサンフランシスコでは、「1年半も」働けば、忠実な会社員という枠組みに入るのである。未だに終身雇用に対する意思が根強い日本の一般企業では考えられない現状である。

③Resume(履歴書)を見せ合う

「ねえ、Resume更新したんだけど、見てくれない?」これは、サンフランシスコに滞在していた時によく耳にした言葉である。転職を繰り返す社会の中で、友達同士お互いに履歴書をチェックしてもらうのは当然なのである。「ここはこう変えたほうがいいよ。こう書いたらジェームスはあの会社入れたし」といったアドバイスをお互いにあげ合うのである。

④常に新しいサービスやアプリの話をしている

上記の三項目と連動するものだが、多くの若者は常に新しいアプリやサービスについて話している。これには二つ意味があり、ちゃんとトレンドを掴めているかどうかという、いわゆるファッション的な部分と、もう一つは転職先の候補としてである。新しいサービスが生まれたのでそれを使ってみて、それが楽しそうだったり便利そうだったらそこで働いてみるか1年ぐらい、という発想が、サンフランシスコの若きテッキーサラリーマンの主なのだ。

いかがだろうか。なにが正しいかは一概には言えないが、去年までいた日本社会と比べてみると、全てが異質な状況なのは間違いない。本当に特殊な環境だと思う。

ー泡の中での火遊び

「2000年代初期のドットコムほどではないけど、間違いなくこれはバブルだよ。あれを知らない世代はみんなそうだとは思っていないけど」サンフランシスコに滞在中に出会った人から聞いた言葉である。

サンフランシスコがアメリカで最も家賃が高い都市になったとはブログで触れたが、それを促進させているのがIT企業に働いている社員の高収入である。某大手IT企業のキャンパスリクルートの人事担当者から聞いた数字だが、プログラミングができるエンジニアの学部卒の初年度の年収が1050万ほど。それが修士だと1300万、博士課程修了だと1550万(全て1ドル=100円計算)。恐ろしい数字である。アメリカ人の平均年収が400万近辺だと考えると、さらに驚愕的だ。エンジニアではない、一般採用の人も大学を卒業したばかりで600~700万ももらっているので、サンフランシスコの家賃がこのようなことになったのはある意味当然である。

しかしさらに恐ろしい現状は、こういったある程度の規模のあるIT企業の外にある、スタートアップの現場で見えてくる。「うちの会社がどうやってお金を稼いでいるのか正直わからない」と話してくれた女性がいたが、彼女の会社では数ヶ月前に、独自でアプリを開発していた21才の男性を雇った。彼のアプリは絶対成功するであろう「キラーアプリ」だと判断した会社は、専属のチームと年収1200万円を彼に与えた。しかし、4ヶ月経ち、アプリは全く売れず、チームは解体された。肝心の青年は放置状態。毎日会社に来てネットサーフィンをしているという。

普通に生きている我々からしてみれば信じられない話だが、このようなケースはよくあるという。サービスや商品のアイデアとプレゼンテーション能力だけで数億円の資金を調達したスタートアップは、人事として人を採用する能力も(上のケースではクビにする能力も)ない状態で人を雇わなくてはいけない。上記の場合は青年自身もともと独自でアプリを開発する能力があるため、クビにして万が一法律上のいざこざに巻き込まれるより(もちろん会社に法務部などない)、ネットサーフィンに飽きて自ら次の場所へ移るのを待つ方が金銭的にも法的にも得策とのこと。本当に不思議な場所である。

ーThere's an app for that!

同時に「未来」を感じさせるケースもあった。Facebook本社にお邪魔をした時、カフェテリアで夕食を食べていたら、隣に男性二人が席についた。Facebookを案内してくれた知人が、隣に座った男性とちょっと話したあと、僕に言った。「今話したやつだけど、名前を覚えといたほうがいいよ」。その人物を見てみると、ツルツルのお肌に少年を思わせる童顔。「まだ18才。高校を卒業したばかり。名前は◯◯。メモっときな。絶対に大物になるから。」高卒で早くもFacebookのエンジニアとは…。しかもそれを言った知人自身がUCLAを二年半で卒業して、大手ファッション雑誌のフォトグラファーとしての経歴をもつ、現在マーク・ザッカーバーグ直属のPRチームに所属している超優秀な男だったので、本当に世の中は想像の10倍は広いのだな、と感じた瞬間だった。才能に溢れている。

結局、最終的にたどり着いたの答えは、サンフランシスコとは「そういう場所」、来る前に半信半疑だった自分がバカみたいだと思ってしまうほど、そういう場所なのだという事実。世界中から才能に溢れる人間が集まり、社会をよくしようと、そして夢を叶えようと切磋琢磨している、世界でも有数の場所。なので、これを読んでいるあなたも、今度もし何か閃いたとしたら、「あれ、こういうのあったらいいのに!」と感じたら、一度訪れてみよう。この環境に身を置くだけで絶対に何か感じるはず。

ただ一つだけ気をつけて。到着した瞬間言われるかもしれない、滞在中にもよく聞いたことば。”There’s an app for that!”=「もうそれやるアプリあるよ!」

text:
コミンズ リオ
cover photo:
Amogh Manjunath
essay photos:
Leo Kominz
V_
v02
18-04-02